2000.4.30 パンクラス横浜文化体育館大会。
尾崎さんの本を読んでいると、つい昔を懐かしんで古いDVDを引っ張り出して見たりする。
この大会で高橋さんはセーム・シュルト選手の持つキングオブパンクラシストのタイトルに挑戦したが、残念ながらシュルト選手の膝蹴りにタックルで自爆しに行くような形で敗戦を喫している。
古くからのファンの方々はご存知だろうが、この時の高橋さんは、直後にコロシアム2000を控えて、船木さんの参謀兼トレーナーとして帯同しつつ、自身の調整も行うというタイトなスケジュールだった。
今更、負け惜しみを言うつもりも無いし、何より本人が否定するだろうが、調整不足の感は否めなかったのもまた事実だ。
当時の高橋さんは「パンクラスの象徴、船木誠勝」の「近衛兵」的役割を全うしていた。致し方なかった面も有るだろう。
それを頭では理解しつつも、当時の俺はやりきれない思いとやり場の無い怒りで、関内から帰宅するや否や、実家の玄関でもんどりうって号泣したことをよく覚えている・・・。呆れ返った両親の顔も(笑)。
それから、何年か経って・・・、パンクラス10周年パーティーの席だったかで、俺は高橋さん本人に酔っ払って絡んだ。ああ!、絡んだ!
「本気でやったら、一番強いのはあんたなんじゃー!本気出しんさいやー!」と。
だが、当の本人は、ニコニコ笑いながら「いや、当時は船木さんていう御輿を担ぐのに必死だったから。」と言っていた。
いや、かなわんね、この人には。
「しょーがねーな」とも思うのだが。
この人が「俺が俺が!」という人なら、パンクラスでもとっくにてっぺんを獲っていたかもしれない。
だが、そうじゃないのもまた、あの人なんだよな、と、思う。
そうじゃないから、敬愛してしまう俺がいる。
この世知辛い世の中、「俺が俺が!」な下衆な輩で溢れている。
「祖にして野だが卑ではない。」それが高橋和生だ。
故有って、パンクラスこそ退団してしまったが、フリーになったことで己のためにのみ弾けることが出来るそんなあの人に俺は期待せずにはいられれない。