それでもプロレスラーはファイトする。


三沢光晴の死をどうにも消化できない俺がいる。

三沢の遺影の前で土下座しながら泣き崩れる斉藤彰俊の姿を報道で見て、なんともやりきれない気持ちになる。

当然ながら彼に全く非はない。

だが、彼にかける気の効いた言葉も見当たらない。


今回の事故に対して世間の論調は専ら「もっと安全性に配慮すべき。」というもののようだが、それはちょっと違うと思う。


登山家はそこに山があるから登る。

レーサーはコンマ何秒のスピードを追求しながらアクセルを開ける。

皆、死と隣あわせの危険性を承知のうえでその挑戦を止めようとはしない。


プロレスラーとて同じこと。彼らはその危険性を承知の上で日々ファイトしている。

残酷なようだがそれがプロレスだ。


むろん、今後のプロレス界の方向性や安全対策といったものについては議論を尽くして然るべきだろう。

だが、それはまた別の次元の話であって。

俺が危惧するのは何でもかんでもこの国お得意の「自主規制」となってしまうこと。

そんなこと当の三沢も望んじゃいないだろう。


それにしても今回クソだったのは日本テレビ

日曜朝の報道バラエティーで既に心肺停止状態の三沢の様子を公共の電波を使って垂れ流し。

例によって徳光和夫がもっともらしいごたくを並べていたが、人間の当たり前の道徳として人の生き死にを商売にすべきではない。

そして「我らこそが三沢の理解者である」と言わんばかりの報道姿勢。

なら、何故NOAHを切った?

貴様らはむしろ加害者だろうが。

「三沢の最大の理解者はオレたちファンだ。」

そんな傲慢なことを言うつもりはない。

しかし、貴様ら守銭奴ではないことは火を見るより明らかだ。


「残った選手たちでがんばって欲しい」

???

大丈夫か?

自分の名前言えるか?

脳味噌のシワのばしたろか?